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2013-09-16

分からないけれど、響くもの

久しぶりの更新。
ライブレポは書いてない回が
いくつか溜まってます。
これに関しては後日改めて書く予定です。


9/14は川西にあるアステ川西でライブでした。

tinörksとして商業施設で演奏するのは、
おそらく初めて。
場所は2Fのセミグランドがある
吹き抜け横のスペース。


天井がとても高くて開放的なロケーション。

お集まりいただきました皆様、スタッフの方々、
ありがとうございました。
とても心地よく演奏することができました。

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14時と16時の2回公演で、後半はアンコールも有り
少し長めに演奏。

客席後ろでは川西まつりの前夜祭として11月9日(土)に開催される
「かわにし音灯り」で使用する1万人のキャンドルナイト用のシェードを
作るワークショップが開催。

16時からはFM COCOLOのDJとしてお馴染みの
加美幸伸氏のMCもあり。

ステージの後方にはモニターディスプレイが設置され
能勢電鉄の映像が流れてました。


今年は能勢電鉄100周年にあたる年で、
それに関連して能勢電鉄のサントラ的なものを
制作します。乞うご期待。

曲はまだDEMOの段階で、現在鋭意制作中。


今回、カフェでもなく、ライブハウスでもない場所での演奏だったので、
色々と思う所がありました。


tinörksの曲のジャンルは一般的にはまだまだ市民権を得ているとは
言い難いもので、かつ一聴してもおそらく耳に残らない音楽。

そして、今回はあえて唄がある「風の谷のナウシカ」をset listに入れたが、
ほとんどは唄がないいわゆるインスト曲。

今回聴いて頂いた年齢層は小さな子供がいる親子連れ、ご年配の方、
そして自分たちと同じくらいの年齢層が少し。

ほぼ全員のかたにとって、tinörksの音は衝撃的とはいかないまでも、
到底理解ができないものだったと思う。

これは悪いことではなくて、聴く分には心地いいのだけれど、
演奏者が何をしているのか分からない、もしくは分かりづらいこと。


何を言いたいのかというと、


エレクトロニカやフォークトロニカの音楽を、
アステ川西のような開かれた大型商業施設で演奏することは
とても意味のあることだと。


ジャンルはどうでもいいのだが、
普段聴きなれない音楽を、普段から馴染みのある場所で
聴くことは、大きな変化であると思う。


誤解を恐れずに書くが、
一般的にマイナーなジャンルとされている音楽の演奏は
ライブハウス、カフェ、bar、こだわりの強いイベントスペースなどが
主戦場であり、年齢も様々で不特定多数の人が集まる施設は戦場ではない。

(※ストリートライブは、年齢に関係なく不特定多数の人が行き交う場所だが、
露店的な演奏の域を出ない。要するに、分かりやすい音楽ならともかく、
一般的に分かりにくい音楽をゲリラ的にすればするほど、分かりにくさは
大きくなり、それとの関わりを拒絶する)

その戦場では、一般的にアコースティック、POPS系打ち込み、バンドを問わず
唄ものあるいはJazz的な唄、インストもの、また伝統的な民族音楽系が関の山。

例えば、ambientのミュージシャンがイオンモールなどの大型商業施設内の一角で
ライブをするなんていう文化は、この国にはまだ存在しないし、
それを行えるだけの、表現の許容範囲がない。

このことが悪いと言っているのではなく、これはサブカルチャーの質を
ある意味高めているひとつの要素であるので、良い悪いを問うのはナンセンスである。
分かる人にはその良さが分かり、分からない人には一生分からないし、
むしろ分からなくても、その人は何の不利益もこうむらない。


しかし、だからといって、市民権を得ていない音楽を、分かる、または分かったつもりでいる
人々が集まる場所だけで表現するというのはいかがなものか。

それは文化の自己満足に他ならない。


今まで散々大きいことを言って、じゃあお前は何をして何の変化を生んだのかと
言われると、何もしていないのだが、けれども、「分かる人には分かる」という
空間とは全く異なる環境で演奏をして、そして、分からなくてもリスナーの方々に
聴いていただいたことは、tinörksにとってだけではなく、大阪のエレクトロニカ、
フォークトロニカシーンにとって、間違いなく非常に意味のあることだと思う。


日本は表現において、深さはあっても広さはないと思う。
それは変化を極度に嫌う民族性が関係していると推測するが、
逆に考えてみると、他人と同じなら安心感があり、それを
非常に重んじる民族性も関係していると思う。

加えて、上記と矛盾にはなるが、他人と違う個性を求められる、
もしくは求める民族性も併せ持つ。


変化は、もしそれが継続するとなると変化ではなくなる。
例えば、ストリートライブはその典型的な例だと思う。
最初は街の片隅で急に音出して演奏するなんて、
言語道断のはずだったものが、ある時、流行になり、継続し、
普通の光景になり、そういう文化になった。


話を戻すと、一般的には、マニアックな音楽表現は、アンダーグラウンド的な場所で
熟成され続ける。そしてそれがアンダーグラウンド的な場所から公の場に出ることは
ほとんどない。もしも、それが世界的に認められる表現だとしても、その可能性を含んでいても、
ほとんどの人に知られずに終わっていく。
(※公の場というのは何もメジャーなレーベルから作品がリリースされるとか
そういうことではない)

マニアックな音楽こそ、アンダーグラウンド的な場所以外で表現されるべきで、
そしてそれを継続することにより、その音楽そのものの可能性が広がり、
次の表現を生み出すことに繋がる。


「分かる人には分かる」「分かる人にだけ分かればいい」


このことは、間違っていないと思うし、媚びる必要はない。


しかし、少なくともリスナーを想定した音楽であるのなら、
マーケットを最大限考慮したとしても、その音楽自体が持つ可能性を
閉ざさずに、広げて、未開の地を開拓すべきである。


良質な音楽であれば、分からないけれど、聴く人の心に響くものがあるはずである。

建水

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コメント

ノギケンさん

ライブハウスでの演奏はもちろん良いのですが、
こういうフリースペース的な場所でも、
tinörksのような、一般的には浸透していない
音楽を演奏することはとても意義のあることだと
思っています。

能勢電鉄の楽曲はまたよろしければお聴きください~


投稿: 建水 | 2013-10-12 11:42

(またまた遅ればせながらで恐縮ですが(^-^;)LIVEお疲れ様です!!
tinörksのサウンドは、時間や場所に制限されない度量の深さも魅力の一つだと思うので、レポにある通り、オープンスペースでのLIVEはとても有意義ですね♪( ^ω^ )
能勢電鉄のサントラ、どんな感じになるのかな。楽しみにしています!!o(*^▽^*)o

投稿: ノギケン | 2013-10-11 18:13

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