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2015-05-29

砂がないのにすくって魅せる

tinörksのホームページでも告知していますが、
次回の演奏は6/19〜22まで、京都烏丸にある
劇場KAIKA(カイカ)にて、


『かつての風景』


というマイム作品とのコラボレーションになります。


Photo


この作品は、いいむろなおきマイムカンパニー、
ニットキャップシアターなどでも活躍されている
黒木夏海さんのユニット


『 「 』 ikiwonomu(いきをのむ)の 第1回公演になります。




2014年9月に岸和田市立自泉会館でのtinörksのライブを
見てくださっていて、その後、京都きんせ旅館での
『オードミュニカ』レコ発ライブも見に来てくださり、
その時に、今回のマイム作品での音楽の依頼をいただきました。


まさかtinörksが舞台で音楽を奏でる日が来るとは
思っていませんでしたので、とにかくうれしい気持ちと
縁というのは、目には見えないけれど
やっぱり存在しているなと改めて思う今日この頃。




マイム?とは何かについて、本やネットで色々と情報を収集中ですが、
先日、通し稽古を見させていただける機会がありまして、
そのほんのひとかけらですが、腑に落ちることがありました。


Katsute1
(左:菅原ゆうきさん 右:豊島勇士さん 前:黒木夏海さん)
(激写な一枚 表情が生きていること)


稽古の動画(画質が悪いカメラで申し訳ないのですが...)を撮影させていただいて、
編集して『かつての風景』の予告編を衝動的に作ったので、まずはそれをご覧ください。
(※もちろん公開の了承は得ていますのでご安心を)


【予告編】『かつての風景』




【Act】
岡村渉  菅原ゆうき (兵庫県立ピッコロ劇団)
豊島勇士   仲谷萌   黒木夏海

【Music】
tinörks

【Staff】
舞台監督:北方こだち 照明:根来直義 音響:森永キョロ




ひとまず

黒木さんのユニット
『 「 』 ikiwonomu(いきをのむ)


Ikiwonomu


のことを公式サイトから引用させていただきます。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

黒木夏海の個人ユニット。
マイム作品を発表します。

はじまる。つづけてゆきたい思い。終わりのないものへの覚悟。
一言目を発するために息を吸い、言葉が出ずに息をのむ。
心打たれる風景を見たときの、伝えたい、
しかし一言では言い表せないあの感覚をユニット名にしたくて、
このような名前になりました。

いきをのむ、と読みます。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




予告編はikiwonomuの言葉からはじまり、
出演者の 仲谷萌さんの後ろ姿へと続いていきます。

音楽はCD『オードミュニカ』の特典音源になっている
「空の余白」

「余白」というのがひとつのキーワードになっているような...




稽古風景を見てまず思ったのは、

「見えないものが見えてくるおもしろさ」

オカルト的(笑)なことではなくて、

「あ〜そういうことか!」とパズルのピースが合致していく、そうあの感覚です。


舞台作品というと、演劇やミュージカルをまず思い浮かべる人が
多数だと思います。中にはとても前衛的な作品も多々ありますね。

この『かつての風景』は、ガイド的な「セリフ」が
登場する時もありますが、作品の基本は言葉のない「無言劇」

誤解を恐れずに言うと、前衛的な世界観ではなくて、
日常の風景を基本にして物語は進んでいきます。

僕らの奏でるtinörksの音楽とマイムの表現が
まざりあいながら、見ている方はいつしか
セリフがないことに気がつかないで
登場人物のひとりになっているかもしれません。






マイム=パントマイムの意味は...




パントマイム(英語:pantomime)は、台詞ではなく
身体や表情で表現する演劇の形態。
黙劇(もくげき)、無言劇(むごんげき)とも呼ばれる。
(※wikiより)


古代ギリシャ語の、"panto"(すべてを)と "mimos"(模倣する、真似る)が
語源だそう。

また、調べると「マイム」の方がより演劇的なニュアンスを持っているみたいですね。

つまり舞台表現/舞台手法の意味で使う場合、
「マイム」はより近代的な、演劇の基本としての身体表現の技術を
指すことが多くなっていることもこちらのサイトで見つけたので、引用させていただきます。


それから出演者のひとり豊島勇士さんのBlog記事

「マイムってなんだ、あるいは今度出演する公演について」

とても読みやすく、わかりやすく、おもしろいのでぜひご覧ください。






マイム






身体や表情の動き、筋肉の微小な動き、視線だけで観客に

「目の前にないもの」を

「目の前にあるもの」として表現して見せる。

セリフで言ってしまえば済むことをあえて
それ以外の要素で伝えること。

それは、情報が洪水のようにあふれている世界では
決して原始的な表現手法ではなく、むしろ
洗練された表現になると思います。


言葉をかわさずに同じイメージを共有することは
マイムだけに限らず音楽やスポーツなど様々な場面で
体験できます。

それが洗練されればされるほど、情報の伝達速度が
早くなるという技術的な魅力よりも、
むしろ、




「見えないものを見ることができる」




という人間特有の「心の限りない世界」を知ったり、
ふれたりすることができる点にあると思います。


そしてそれは、日本人が昔から潜在意識に持っている
特有の美意識ともつながります。

以心伝心、茶道や華道の侘び寂び、枯山水、
飛躍すると廃墟の美しさなども含まれるかもしれませんが、
これらの表現は「在るもの」をあえて「欠けさせること」によって
本来は「在るであろう」ものを心の中に強調し、
それに果てしない何かを感じること「美」とします。


いつも必ず「ある」と思っていたことが、
「存在しなかった」場合、
それが「あった」時よりも、

「なくなった」時に感じる欠落感

それを意図的に生み出して、表現したいものをさらに強調すること

人の心はなぜかそこに魅力を感じるようです。




長々と書きましたが、とにもかくにも『かつての風景』のおもしろさを
素人の僕なりに少しでもみなさんにお伝えできればと思っています。

お楽しみに




歩星

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