2013-03-07

関係性

去年、スタンダードブックカフェであった
西村佳哲さんのトークイベントの時にメモしたいくつかの言葉の断片が
印象的だったので書きます。

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生きている手ごたえを感じる生き方。

啓蒙する。されるではない。

普段、自分にしていることを他人にもする。してしまう。

無理をしている人は、他人にも無理をしいることになる。

幸福になろうというアイデアを捨てると自由になる。

「どうか僕を幸福にしようとしないで下さい。
それは僕に任せて下さい」アンドレ・レニエ


意見をかわすこと。共感。

ひらきなおってやったことに対しては後悔しない?


関係性の中で生きている限り、人には必ず何か与えられる使命がある。

周囲との係わり合いの中で自分の感性を磨く。

身近な関係性の中で自分は何ができるか。

コンセプトやアイデアよりももっと身近なで身体的なこと。

自分が今何を感じているか+身近な人と一緒に。

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2012-10-24

地図を持たずに宇宙空間でどこに向かうのか

10/20 スウェーデンカフェ Fagel Blaで開催されたインプロ・セッションの模様。


前編


Video streaming by Ustream

後編


Video streaming by Ustream

member

Jesper(Fagel Bla Master) on KORG iMS-20
Chiyako(yaneka) on voice/electronics
Yuichiro(yaneka) on guitar/electronics
Yukinobu Kami on voice/reading
Clara on violin
Goken Ono on crystal bowl
Kenta Toguchi on tenori-on/ukulele/口琴
Koichi Matsumura(amante branco,tinörks) on guitar/electronics
Kiyomi Ogi(amante branco) on voice/words
Shizuku Kawahara(tinörks) on voice/rainstick/cow bell
Hosei Tatemizu(tinörks) on keyboard/electronics

計11名!先週のPravda!の「11名による…」の数字と同じ。不思議な一致。
このメンバーも凄いですが、楽器の種類もすごいというか、
ヴァラエティに富んでます。

まずFagel Blaの店長Jesperさん。
ipadでKORG iMS-20のアプリでパッチを組んでられました。
それだけでもただの店長ではないというのが分かりますが、
さらに僕の持参したSU10というヤマハが10年以上前に
発売しすぐに消えたサンプリングマシンを知ってました。
そしてなんとQY10を使っていたと。。。
おおっ!その頃の機材の話が合うとは、正直驚きでした。。。
上記は現在のDAWの世界では到底考えられないスペックの機材達です。

続いてyanekaのお二人。
このお二人と即興で共演させて頂けること自体が
僕にとってみれば奇跡のような出来事で。。。。
なんというか御縁に深く感謝してます。

どちらも本当に気さくな方で、当日もリラックスして
それぞれの音を自然に出せる雰囲気を作って頂きました。
お二人の音は当然なんですが芯がぶれてない
核がある音で僕は終止圧倒されてました。


加美幸伸さんはみなさんご存知、FM COCOLOでDJをされてますが、
まさかセッションでご一緒させて頂けるとはという感じで
サプライズでした。

言葉のチョイスや「間」のさじ加減がやはり鋭くて
どこにも隙がない印象でした。

「本日は晴天なり」「~神聖」が今でも頭のどこかで
ループしてます。詳しくはustreamの映像を見て下さい。

言葉が本来持つ影響力を改めて痛感させられました。

隙のない言葉は人を動かせます。

ファッションデザイナーのClaraさんはviolinで
時に曲の輪郭を描きながら空間を漂ってました。
気高い音というか、色々な奏法を駆使した演奏は興味深かったです。
個人的にはもっとviolinがフィーチャリングされても
良かったかなと。


一週間前のPrava!でも共演させて頂いた小野剛賢さんは
クリスタルボウルで静謐な倍音を奏で独特なテイストを
セッションに加えて頂いていたと思います。
電子音とクリスタルボウルの対照性がやはり面白い。

クリスタルボウルのアタック音よりもサステイン(持続音)に
カタルシスを感じます。

空間の壁に向かってゆっくりと音が球面状に広がっていくのが、
まるで視覚的に分かるかのような錯覚になります。

不協和音が少ない倍音というか、音がとても澄んでいるのが
心地いいです。

トグチケンタさんはテノリオン以外にウクレレと口琴も披露。
毎回会う度に思いますが、ほんとにアイデア、引き出しが多いです。
この楽器の組み合わせも唯一無二だと思うし、その音の組み合わせが
きちんとトグチさんの色彩感になっているのが、とても興味深い。

今回テノリオンでは全体の展開具合を見ながら慎重にバランスを
とっている風に個人的には思いました。
時に高音のシーケンスであったり、16beatのベースであったりして。
ウクレレは対照的にアグレッシブに。口琴はアクセントに。

Jesper店長のMS-20とテノリオンの微妙な同期がうねりを生み出していたのも
このセッションならではの光景で、演奏していてあれなんですが、
この時は聴く方に回ろうかなとも思いました。


amante brancoのvoのきよちゃんも一週間前のPravda!で
共演させて頂きました。
今回もTC-HeliconのVoiceLive Touchを使用して
声をプロセッシングしながら奥行きのある世界を
生み出してました。

声質がアンビエントミュージックにとても合っていると
個人的には思いますし、持続音の合間で時折見せる
言葉の断片が不思議と物語の要素を含んでいて
面白い空間になってました。

ぽつんっと言葉が空間の隙間から宙に現れる様な
そんな風景を僕は勝手に浮かべてました。

人生、即興セッション初参戦となる
tinörksのシズーキーは善戦してたと思います。
途中q3HDで録画する為に店内をうろついてましたが、
手探りでも自分のエッセンスをセッションに加えるぞと
いう風に見えたような気がします。


そしてtinörks、amante branco、Pravda!主催の松っちゃんは
今回もコンダクターとして自分のディレクションの時は
演奏を展開。

「即興におけるコンダクターとしてのアプローチ」のテーマで
一万文字くらいすぐに書けるかなというくらい、僕にとって今興味深い
事象のひとつですが、実際にコンダクトされる立場からすれば、
普通の演奏よりもさらにものすごく集中力を要します。

その瞬間その瞬間で即興演奏者は流れを考えながら音を出しているわけですが、
それに加えてコンダクターの展開に従って表現しないといけないわけです。

さらに楽譜がないので、どの状況でどう変化するのかが事前に分からないという
常に音楽の展開の縁に立って演奏するわけです。

突き詰めれば突き詰めるほど、コンダクターからの指示の解釈の
奥行きが底なしだということが実感しますが、
ただ、即興セッションの観点を演奏者からよりオーディエンスに
近い所に置いているということは、斬新で重要で明確な事柄だと思います。

今回、僕は風邪で体調を崩していて前日に熱が引いて
満身創痍で臨んで、所々演奏がぐずぐずでしたが、
新しい発見がまたありました。

それと引き換えに?帰宅後からまた寝込みましたが。。。


即興セッションは普段のライブとは全く違います。
何もない所から音が始まって終わりがない中で
いつしか何らかの方法で終わりの音を決めます。

自分以外の演奏者の音に耳をすませ、自らの音が入る場所と
その鳴らす音を無意識に判断し実行させ、それを瞬間瞬間に
連続させます。

即興であるがゆえに演奏への「間違い」は一切存在しません。
しかし、「ずれ」はあります。「ずれ」が生まれます。

その大きい、小さいのずれを縦、横、高さで決められた球面体の空間で
修整したり破壊したり、時に創造していきます。


地図を持たずに宇宙空間でどこに向かうのかに似ています。
そのチームが一人なのか複数人なのかで、
ゴールが変わるわけです。


あらゆることに注意を向けること。
即興音楽のひとつの側面は、むしろ音楽ではなく
別の所に本質があるように思います。

熱が出て来たかな。。。。

最後になりましたが、
お越し頂きました皆様、共演者の皆様
ありがとうございました。


ひとまず体調を回復するよう努めます。
おやすみなさい。

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2012-05-22

音楽が入口でない

音楽が入口でないのが今一つのキーワードとして浮かんでる。

そこにたまたま音楽があったという状態がベスト。

音楽が入口にあって、そして中に入っても音楽があってというのは違うかなと。

tinorksとか自分の音楽も、音楽が入口でない所から入って、それから演奏できればと思う。


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2011-02-13

音楽作品の差分

最近思いますが、音楽ツールでの差分がなくなってきたと。
音楽作品の差分はツールや手法ではなく、
作品を生み出す「人間」の部分にあるんじゃないかなと思う。

オリジナリティが存在するかどうかは別として、その人間的な差分に
共感したり、されたりすることが音楽の本質かなと思います。

人間的な部分を出すのは勇気がいるし、リスクもあると思うけど、
そこまで来ているじゃないかなと思ったりします。
なんて。

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