カテゴリー「Live」の記事

名村造船所跡地30年の実験

NAMURA ART MEETING ’04-’34
名村造船所跡地30年の実験
vol.03「起程 Il ~海路へ臨む祭礼」
2009年10月3日(土)~ 10月4日(日)

■参加アーティスト&ゲスト&プロデュース

 ヤノベケンジ [現代美術家] 『ラッキードラゴン』『ウルトラ -黒い太陽-』(インスタレーション)
 BOREDOMS presents BOADRUM (ライブ・パフォーマンス)
 高木正勝 [映像作家・音楽家](映像&ライブ・パフォーマンス)
 *
 植島啓司 [宗教人類学者](ソロ・トーク)
 *
 “graf”decorative mode no.3 design products.inc.
 ZAC UP/METRO

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面白そうなイベントなのですごく楽しみです。

頑張って自転車で行こうかな。

またイベントレポ書こうと思います。

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simple - out of music

サンケイホールブリーゼでの教授のピアノ・コンサートへ
行ってきました。

新譜「out of noise」から数曲とあとは過去の曲で構成されてました。

時に2台のピアノを演奏する静謐で、アンビエントな空間。

「composition0919」では動画や写真撮影が許可されていたので、会場がほぼ
携帯電話でのカメラ撮影一色になり、異様でした。

僕は曲を最初から最後まで楽しみたかったので、撮影はしなかったです。

撮影音がうるさかったので、音楽を聴きたい人からすれば、どうやねんと
いう企画だと思います。

後半では「ゴリラがバナナをくれる日」や「Behind The Mask」も聴けて
ラッキーでした。

コンサート終了後、心の中でピアノ熱(ピアノ曲線熱)が再び高揚してきました。

やはり、いつもながら教授の弾くピアノの余韻に惹かれます。

無駄なものをそぎ落として、シンプルに響かすというのは、
何もピアノだけではなく、色々な事柄に通じる概念だと思います。

シンプルに生きる。

なかなかできないことだけど。

シンプルに音楽する。

心に余裕を持ち、時間をかけないとできない。

音楽を作る上で、実は音楽以外に重要なことがあるといつも教えられている気がします。

音の先にあるものを考えて、ヤネトロも取り組んでいけたらなと思います。

あ、itunes storeで今日の公演の音をDLしよ。

P.S
修理中のMTR[D3200]ですが、連絡がないので問い合わせたら、来週末には完了するみたい。
…かなり重症なんかな。買って半年ちょっとしか経ってないのに。

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everything I don't know

bossabientな夜。
floatingしている音にものすごくまったりしてた。

CLUB WATERでunaiさんのレコ発ワンマンライブ。それは3部構成。
そうそうたるバンドメンバー。

クオリティがかなり高かった。そして音がどれも柔らかい。けど、時にぐさっとくる表現があった。

つかみ所のない音が曲を時折アートにしてると思った。
音楽を作ってる人間が、演奏を聴くとリスナーから離れて演者の音を吸収しようとする時が多々ある。でも、昨日はそれを無意識に無抵抗にできなかった。

言葉の意味を広げる唄声の響き。抽象的な詩、なぜか空想的な記憶を現実的な記憶に変換してくれる空間に終始佇んでいた。

小鳥のさえずりが森全体の生命に木霊するようなpercussion。
街角を通り過ぎる度にせつなさを呼び起こしてくれるようなtrumpet。
現実からいつのまにか時間を消してくれるようなthereminと声。
砂漠にはじける風の連なりに応えるようなguitar。
そこに確かに唄が意味をやどしている。

至福のひと時を過ごせた。

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アレンジを聴くという耳

22日は阪急宝塚線・清荒神駅すぐのとこのベガホールへかぶとやま交響楽団の第35回定期演奏会を聴きに行ってきました。以前、カプチのライブに参加していただいたチェロ奏者の竹内さんが団員の楽団です。モーリス・ラヴェルの『クープランの墓』が曲目にあったのでかなり楽しみにしていました。

会場前にはヨハンシュトラウス像のレプリカがありました。学生の頃にウィーンへ旅した時に同じヨハンシュトラウス像を見たことがあるので不思議なつながりを感じました。

演奏曲目はシューベルトやドビュッシー、ガブリエル・フォーレ、ラヴェルの曲で、クオリティの高いアンサンブルを楽しめました。音は格調高く、でも輪郭は丸くてとても暖かかったです。そして、演奏から音楽に対しての誇りを再確認させてくれました。

演奏中は各楽器の動き方を聴きながら、自分の記憶の中の心象風景と空想を重ね合わせていました。

それにしてもオーケストレーションはartだとつくづく思います。特にラヴェルの編曲は聴いているだけで、盗みたくなるような箇所が多々あります。時代が経っているけれど、全然新鮮で、むしろ新しいんじゃないかなと思います。

アレンジを楽しめると音楽がより楽しくなると思います。オケのアンサンブルを聴いてると、各楽器のその時の動き方でどういうことを象徴しているのかと考える時があります。それがアンサンブルによって組み合うとひとつの大きな意味になるという興味深さ。ポップスでもどんなジャンルでもアレンジの真髄はここにあると思います。

音楽からはまだまだ学ぶことが多いし、未だに底は見えません。むしろ最初音楽に興味を持ったとき、想像した時よりも深くなってる気がします。ライヒ聴こ。

画像はサントリーミュージアムの波打つ窓、窓、窓

Windows

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旅へのサイン波

先月24日にミドルノート工房でのオカリナ吹きのユカリナさんのライブに行ってきました。

以前は飛び込みライブでしか聴いたことがありませんでしたが、この日は20分のステージが2回あったので十分にユカリナさんの世界を堪能できました。

曲は教授の「Ride Ride Ride」、ゲド戦記から「テルーの唄」、スペインのケルト音楽グループ、ルアル・ナ・ルブレの「Achgate」、山下達郎さんの「マーマレイド・グッドバイ」など、映画音楽、民族音楽からポップスまで本当に幅広い選曲でした。

またオカリナはソプラノCをはじめとしてG、F、アルトCを曲ごとに使い分けられていて、並々ならぬ想いとこだわりを感じました。曲によっては、弾き語りならぬ吹き語りがあり、アカペラと間奏にオカリナというとてもシンプルなスタイルです。

ユカリナさんが吹くオカリナは、(オカリナは素材が陶器ということもあって)とても遠くまで澄んだ音です。綺麗なサイン波。加えて、演奏技術が高いのでいつのまにか音に引き込まれていきます。曲のヴァリエーションが多いのも、いわゆるコテコテの選曲ではなく、そういうのはオカリナで聴いたことがないという観点でおもしろいです。

個人的にはオリジナルがもう少しあると、おもしろいかなと思いますが、それは今後に期待ということで。

やっぱり20分のステージの2回は、飛び込みと違って聴き応えがあります。

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少年と色彩

23日扇町ダイスでコネコブルースさんと小川賀子さんのライブを楽しんできました。コネコブルースさんとは去年三宮の音屋で神高君にブッキングしてもらった時に、聴いた以来です。小川さんはcappuccino充電直前のライブを聴いてもらった時に、小林君から紹介してもらいました。

コネコブルースさん(漢字表記は「子猫青春」)は独自の世界を持っていて、どの曲からも色んな少年の要素や風景、場面を感じます。歌声もそれを十分に喚起させることを担っていると思いますが、僕は詩にとても興味があります。それに、メロディーが乗ると、なんだろう…、自分の中の少年の、もっと言えば、古き良き小学生時代にタイムトラベルしています。

「あいかわらずな僕ら」という曲が特に印象に残っていますが、大人になって振り返ったときに、本当に意味での少年というクオリア(質感)を捉えることができるのではないかなと思ったりします。自分がまさに少年と呼ばれた頃に、もし少年の歌を作るならそれは、逆に嘘なんじゃないかなあと。

少年は記憶の中だけに存在して初めて、「歌としての少年」で、そこに付随する諸々の心象風景が重なることによって、記憶の中の少年が、自分が、生き生きとしてくるんじゃないかなと思います。そんなきっかけを与えてくれるコネコブルースさんの音楽に浸ってました。

また、この日で自分の第一章を終えると言っていたので、その重要なライブに立ち会えたことがうれしかったです。(ドラクエⅣでライアンの章が終わるという例えはとても分りやすく、また予期せぬ発言だったので思わず笑ってしまいました)

転換後、小川賀子さんのライブが透き通るうねりとともに始まりました。ホーミー(笛のような声)を独学で習得したらしく、ものすごく神秘的で、開放的でした。テンポと空間が同期しているかのように、波打ち、体の中を貫通していくようでした。

音源『旅の色彩』で予習したのですが、やはり生音、生演奏での迫力は実際に伝わるものが違いました。楽曲によって、いくつもの声色を変幻自在に使い分けられていて、常に予想できない展開でした。

中でも『旅の色彩』、『よろこびも悲しみも』という曲は、大好きな曲で、名曲だと勝手に思っています。『旅の色彩』を歌う前に「自分の色彩があるとしたら、それは今まで出会った人が自分の色彩になる…」という風なことを話されていましたが、そういう観点が本当におもしろいなあと思いました。

ある人を知ろうと思えば、その人の友人知人を見ればだいたい分るとある本に書かれてましたが、パーソナリティは他者によって作られるものであって、他者の集積なんじゃないかなと思います。他人をどのように見るか、捉えるかによっても影響の受け方が違ってくるし、行動するきっかけは突き詰めれば他者の影響が強いかもと思います。

だから色彩の色も、同じAを二人の人が見たときにそれぞれ違ってくるし、そこがおもしろい!と演奏後勝手に高揚してました。この考え方は光の見え方を捉える印象派にも通じるのではないかなと思いを巡らせたり…。

小川さんの音楽は初めて聴きましたが、音楽的にすごくおもしろいし、民族楽器との相性もかなり良さそうで、色んな可能性を感じました。今後どのような展開になっていくのか期待を持っています。

…誠に芸術は無限ですな。

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音行楽

(今回の記事は長くなります)

18日、以前cappuccinoでコラボしていただいたチェロ奏者の竹内さんがメンバーのチャウチャウカルテットさんのコンサートを聴きにディアモールへ行きました。チャウチャウカルテットさんは4人編成で全員がチェロを演奏するグループです。(他に竹内さんが参加されているオーケストラは かぶとやま交響楽団

去年9月に難波パークスでの野外ライブでチャウチャウさんと対バンになった時に、「コラボしませんか?」と声をかけさせていただいたことがきっかけで、竹内さんとライブでの共演に至りました。

ディアモールでコンサートを聴くのは初めてだったのですが、天井が高い場所でインテリアもヨーロッパ的だったので、開演前からかなり楽しみにしていました。

D1

楽曲はアラジンのテーマ曲、ハウルの動く城のテーマ曲、チェロ4重奏のために書かれた曲(タイトル忘れました(汗)などなど、そしてアンコールではダースベイダーのテーマ曲(これをチェロ4重奏で聴けたのはかなりぐっときました!衣装も全員黒色だったし)
というかなり幅広い選曲です。その柔軟性というか寛大性に共感するものがあります。予定調和をいかに崩して、クオリティを保てるかがひとつのセンスだし、それが表現の持続に必要だと常々思います。

普段cappuccinoなどで曲をアレンジしていることもあり、4重奏の演奏を聴いている時は、頭の中でその和声の中の低音部を前に出したり、内声部の音に集中したりして楽しんでましたが、それはやっぱりアレンジの勉強になるし、アイデアの引き出しにポツポツと入れることも多々あります。

演奏技術は難波パークスの時よりも断然クオリティが上がっていて、終始圧倒されながらも、エスプリやエキゾチックなものを感じながら程よい緊張とリラックスを感じながら音楽を楽しめました。こういう精神的なブレンドは贅沢なひと時です。完全アンプラグドだったのも
伝わり方に大きく作用したと思います。

D2

それにしてもチェロが4つ重なったときの倍音は気持ちいい!僕にとってはまさしく慰めの音。癒しでもなければ、励ましや、まして諭しの音でもなければ、一過性の音、高揚の音でもないです。メロディーがどうのこうのではなく、音自体が慰めの波形になっている気がします。演奏者の違いは大きな差だけれど、チャウチャウカルテットさんの織り成すハーモニーは自然のイメージを呼び覚ましてくれる音です。

…演奏後、近くのタワレコに行き、スティーブライヒとジョンケージのCDを探しました。今まできちんと聴いたことがなかったので、これではいかんと思っていました。とりあえずライヒのガイド編のような音源を購入。これがかなり良かった!心臓ど真ん中という感じです。ライヒのことは今は置いとくとして、梅田から難波の上方ワッハホールへ向かいました。
(タワレコで時間食いすぎてちょっと間に合うかどうかやばかった(汗)

この日、雫がTomokoさんに誘っていただいて一曲だけですがライブがありました。場所をちゃんと調べたつもりが、なぜかゲーセンを抜けたビルの5階に上がってしまい、その場にいたスーツを着た方たちに、ワッハホールはジュンク堂の上ですよと言われ、これは間に合わんかなと思ったのですが、あきらめずに、またあせりをみせずにジュンク堂の上階へエレベーターで向かいました。(あせっているときはエレベーターのすべての動作が遅く感じます)

無事に着くと、案の定開演していたのですが、(確か「もらい泣き」が会場内のドアの隙間から聴こえていました)、順番がまだらしくてかなり満員の客席にほっと着席。演目には音楽はもちろん、漫才、コントもありヴァラエティー豊かでした。

油揚げが何枚も何枚も何枚…何枚も登場したひとりコントの後のMC後にいよいよ、Tomokoさんと雫が登場。

曲はゲド戦記の歌集から「春の夜に」でした。音源にウィッスル奏者の安井さんの音が入っているのですが、そのフレーズを吹きつつ、他の小節にもウィッスルのメロディーを入れていました。Tomokoさんはハープも歌からもかなり余裕が伝わり、ホールが大きかったこともあり、澄んだ歌声と音色が良く響いていました。とても幅広くステージをこなされているのでさすがに百戦錬磨な感じも伝わりました。

出演されている方々は打ち込み系が多く、それだけに、『春の夜に』の生演奏はインパクトがありました。アイリッシュハープとティン・ウィッスルを使い、歌、コーラスの組み合わせは、珍しくなかなか聴く機会がありません。シンプルだけど、それだけに各パートの輪郭がはっきりと分り、曲の世界観を自由に想像できる余白があります。少し欲を言えば、二人のオリジナル曲がどういう風になるのか聴いてみたい気もします。(この一文が蛇足かも(汗)ライブの様子は相方のブログ「この森を抜けたら」にアップされてます。

ライブ活動をまったく止めてから完全リスナーに転向していますが、それもいいなあなんて思いながら帰り道をテクテクとiPodを聴きながら帰りましたとさ。

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演奏会 情報

演奏会の情報です。

川原雫 

3月18日(日)明日会特別公演 ワッハホール

start 18:00
ticket 前売¥1800 当日¥2000

シンガーソングライターでアイリッシュハープ奏者のTomokoさんとの貴重な共演でティンウィッスル、唄で1曲演奏します。お笑い、ヴォーカル、朗読、演劇などのヴァラエティー・イベントです。

チェロ奏者の竹内徹さんの活動情報

3月18日(日)ディアモール大阪(ファッショナブルストリート。天井の高い明るい通り)

チャウチャウカルテット(チェロ四重奏)14:00~ / 16:00~ 各30分入場、観覧 無料

4月22日(日)
かぶとやま交響楽団

ベガ・ホール 第35回定期演奏会
14時開演

※3月18日は珍しいチェロ四重奏の演奏
4月22日はオーケストラの演奏です。

どれも普段なかなか聴く機会がない演奏ですので、興味のある方は是非!

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電話線

12月5日にナンバHatchで矢野顕子さんのさとがえるコンサートを聴いてきました。

メンバーは矢野顕子(pf,vo) アンソニー・ジャクソン(b) クリフ・アーモンド(ds)(ちょっと前にくるりに在籍してた)。過去にJIVE THE KEYSというオムニバスのイベントで矢野顕子さんと小田和正さんの中央線を聴いて以来(他にも聴いたけど)の生音です。

最初のMCで言ったけど、「死ぬ気で演奏します」とは嘘じゃなかった。それくらい伝わる演奏だった。

音楽で飯を食っている人の鳴らす音は違う。

これは本当にいつも思う。それと財力以外はプロもアマもあまり関係ない気がする。音センスがいいか悪いかだけなんだけど。

矢野さんの魅力は、僕にとっては「矢野顕子」という音楽ジャンルだと思う。自身のオリジナルもたくさん作られているけれど、それと同じくらいカバー曲が多くて、そのカバー曲がオリジナルの形相を呈しているすごさ。原曲を知っていると、違う曲なんじゃないかと錯覚する時もある。

この日もきっちりとカバー曲を披露してくれました。大貫さんの「横顔」。僕にとってはサプライズ。

やっぱり矢野さんのオリジナルだとしか思えないほどのアレンジ。アレンジという枠でくくるのがおこがましいくらい。

ライブは上記に記したピアノトリオの編成で至ってシンプル。その分各パートの自由度が増えて細部まで楽しもうとする僕にとっては至福のときです。

ベースのアンソニージャクソン氏はうわさで聞いていたすごさをあっさり越える味のある音、で、ドラムのクリフ氏はやっぱりどこか狂気が見え隠れするのでアートだなと。

アンソニー氏の6弦ベースは一聴しただけで玄人の低音というのが分る。ピアノやってんのにベースのことわかんのかともし言われても、気にしません。ほんとにふくよかな倍音でした。

低音は音楽の悟りの部分だと思っています今もずっと。

中盤過ぎくらいに、ほぼ日の糸井さん作詩の新曲があったり、ジブリ映画「となりの山田くん」の主題歌「ひとりぼっちはやめた」があったり、名曲「ラーメン食べたい」に感動したり(これを表現できるのは矢野顕子さんだけな気がする。とてつもなく普遍的な詩だ!)、PAがまたは席が悪かったせいか音の輪郭がぼやけたのはほんの少し残念だけど、生演奏はやっぱりぐっときます。

アンコールの「ひとつだけ」はやっぱり大好きな曲だと気づきました。

いっぱい音楽のこと勉強できたと言うと、なにかとても味気ないけれど、いっぱい教えてくれました。こういう所はこう弾けばこういう風にピアノはしゃべるんだぞとか。

矢野さんのあの笑顔と声のトーンで歌われると、聴きなれた言葉の表情がいつもと変わるからとても不思議です。

…そろそろごはんができたぞ。

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insen

insen6.jpg





無調性のピアノと無機質なノイズ、同期するミニマルな映像

ライブというよりもインスタレーションでした。

24日に厚生年金会館芸術ホールにて教授+Alva Notoの表現を堪能してきました。

ステージ左に天蓋が外されたMIDIが搭載されたヤマハのグランド、右にPCが二台、奥に横長のスクリーン。

必要最小限のセッティング。ステージ美。

コンセプトをあらゆる要素で貫徹しているのが開演前から伝わりました。ステージ真ん中よりも左側ちょうどピアノの前辺り。D列24に驚異的な速さで時間に間に合ったGypcy Mol氏が座り、25番に僕が座りました。ピアノの鍵盤が近いし教授までの距離がない!

これはファンとしては幸せすぎます。

予習としてかろうじてinsenを聴いていたけど、やはり映像が同期するライブの方が格段に良かったです。(notoがクラフトワークに見えた)

教授がピアノの1音1音を大切に弾いているのが分かりました。決して難しいことをやってるわけではないのだけど、その表現に対する姿勢とこの日のこの音に行き着く過去の流れを考えると、単音であっても余韻の密度が違いました。

確かに自分憧れるアーティストは何をやってもかっこよく映るというのはあります。(それはアーティストにとってもファンにとっても価値観の感覚が麻痺する時があって危ないこともあります)

でもなんだかんだ言って好きな音は好きなわけで…。分析することがそもそも愚問でした。


全くMCのないままアンコールへ。うわさに聞いていた戦メリ演奏。ここまで抽象化されたアレンジだとは正直予想していなかったです。最後にメインのモチーフを確認しかかった時には曲が終ってました。

なんともいえない余韻が頭に残ったまま、会場を後にしました。

やっぱり今日のはライブじゃなかったと再確認しました。

抽象的である本質だけを聴覚と視覚で感じたそんな気持ちです。

それにしてもあれだけかっこいいグリッチノイズ音には参った。ミキサーの人の技術とセンスはもちろんあると思うけれど、notoのセンスと教授のピアノ。相性の良さが抜群でした。

水を得た魚ならぬ、ノイズを得たピアノ。

僕は余韻に追いつくのがやっとです。


insen2.jpg

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dymaxtion

15日は扇町DICEにて神高くんのライブを観に行きました。バンドvincent imaginationが解散して以前の弾き語りスタイルにもどってから、今回はじめて聴きます。

アコギ、時にブルースハープを交えてのステージ。やっぱりバンドもいいけれど、骨的な弾き語りスタイルの方が僕は好きです。

音数はなるべく少ないほうが良いに決まっています。ある意味制限された不自由の中で、一生懸命アイデアを練って、考えて音にする方が、余計なものが自ずと入らなくなるので、出来上がったものはシンプルだけれど表現の柱が明確になるような気がします。

神高くんの声は昔からやさしい。ギターの音色もやさしい。

アレンジは本人曰く、「リフをループさせながら歌のメロディーを考えていく」と言っているように、曲中に裏メロが絶えず鳴っているので、たとえギター一本の弾き語りであっても、飽きない音とリズムの組み合わせを味わうことができます。

またこの日はコラボトン(筆者が7人のアーティストの方々とジャケットに至るまで徹底的にコラボレーションした作品集)に収録している「ロケット雲」(神高くんが曲を、筆者が詩とアレンジを担当)を弾き語りで初めて聴くことができたのがほんとにグッときました。

自分の書いた詩が自分以外の人のライブで、生まれて初めて曲として聴くことができたことに、言葉で言い表せない深い感慨がありました。

ロケット雲を追いかけながら、あの頃の少年の心を思い出していく様を書いた詩です。

神高くんの声とギターだからこそ表現できるコンセプトであると自負しています。いつの日かピアノで参加し、相方の雫がコーラスで参加したものをライブで演奏できればと思うのですが…。

ライブ最後の曲は「LIFE」でした。音数の少ないギターのリフの輪郭が、とても大きく見えました。

「最小のことで、最大の効果を」

僕の尊敬するバックミンスターフラーの言葉。dymaxionの考え。

静かな空間では小さい音の方が、聴く方に大きく語りかけてきます。「LIFE」は詩、曲ともにものすごく力のある曲だと思います。それに加えて今回はアコギのみでのアレンジ。その無駄のない音の空間にあまりにも大きな世界を見ることができました。

音は大きいよりも、小さく凝縮されている方が説得力があるとやっぱりこの日も思ったわけです。

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生音

明日のライブの最終リハのために福島のスタジオ・ネコに正午から入りました。初めて利用したスタジオだけど、アップライトの感触が予想していたよりよかったのでモチベーションが落ちなくてよかったとひとまず安心。

部屋の鳴りがやけに響くので、vocalのEQに少し手間取るも集中してリハやりました。

その後、(これが今日の一番の楽しみというかメインディッシュというか)シンフォニーホールに芦屋交響楽団第66回定期演奏会を聴きに行きました。チェロの方と幸運な出会いがありまして、そのコンサートの情報を教えてもらったわけです。ありがとうございました。

ステージ奥の壁面にパイプオルガン(確かそうだ)がそびえていた。で、座席がマエストロの真後ろ。

過去に聴いたことのあるオケコンの席はかなり後ろの方だったので、今日は何かとても緊張しました。弦楽器の弦がはっきりと認識できる距離。近すぎて逆に音がどうなんだというのはあるわけですが、この席でしか味わえないこともやはりありました。

演奏プログラムは、

悲劇的序曲 作品81…J.ブラームス
交響曲第5番 ニ短調 宗教改革 作品107…F.メンデルスゾーン
管弦楽のための協奏曲…B.バルトーク

(指揮 山上一史氏)

でした。

開始、出だしの一音目にすぅーと鳥肌立ちました。100名ほどの楽団員の人の集中力が伝わる。いつのまにかPA慣れしている耳には新鮮過ぎることに気が付きます。電気信号に変換していない無添加の生音の説得力とオーケストラ・アンサンブルの迫力、抑揚のダイナミックレンジの広さ、繊細なピアニッシモまで十分に聴き取れるほどのホールの鳴りのよさ。もしCDというものがこの世に存在していなかったら、オーケストラの音の繊細な迫力に勝てる音楽はないのだろうとさえ思えてしまう。

個人的には休憩後のバルトークの曲目が強烈に耳に焼きつきました。ホール全体を揺るがすほどの、弦楽器のアルコでの速い奏法が凄まじく、その緊張感がたまらなく良かったです。曲構成も畳み掛けるように迫ってきて予断を許さない感じでした。

それにしても楽器はやはり生音が一番魅力的であると再確認できました。本当の意味でのアンプラグドがいかに聴く人の五感にやさしいかが身をもって分かりました。

普段自分のライブで何の違和感もなくPAを使って音楽しているので説得力はないですが(笑)、それでもライブである以上は、アンプラグドでの表現を目指したいです。

それはロハスの考えにも通じるし、美化しないし、変に装飾しない音楽でもあると思っています。そんなことを言いながらも明日は自分のライブがあると。グランドピアノを弾ける喜びに感謝して夢でも見ようかなと思います。

チェロの音良かったなあ…。zzz…。

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domingo

unaiさん主催のイベント
『domingo』
に行って参りました。会場は木の香りのするミューラシア。

焼き鳥の店「cafe de frog」、雑貨、中古CD、古着の店がありライブ以外も充実しているイベントです。

会場入りしてからほどなくして、友人の神高くんも来場。偶然会ったので驚きました。藁の座布団に座りながら談笑。

14時からmu-(シタール)&mo-(エレクトリックベース)のライブが始まりました。

mu氏のシタールは確か以前に長堀のペーニャで聴いたことがありました。インドの楽器シタールの音色は構造がよく分かりませんが、倍音がとても豊で音色それ自体に土着のハーモニーを聴くことができます。そのシタールの金属的な音がベースと合わさり、奇抜なアンサンブルへと形を変えるのです。

無拍子のような即興から徐々にグルーヴを生み出し、音色の連続から音楽へと変化していきます。一曲目が20分ほどありましたが、ダイナミックな展開に耳が運ばれていき、長くは感じなかったので不思議です。

こういう感覚的なものが先行する音楽は、CDなどの音源で聴くよりもやはりライブにかぎります。生演奏でこそダイナミックなものが肌に伝わってきます。
もちろん会場の雰囲気も合わさるのでそれも音楽のひとつの重要な要素になっているのもはずせません。

シタールとベース、時に打込みの音も控えめに加わり、何か得体の知れないコード感に包まれながら、いつの間にか自然と体がグルーヴに身をゆだねていました。

ふんわりとしたトランス状態。扇動されずに精神を和らげてくれる音楽。きっと時間帯が昼間ということも大きく関係していると思います。体の状態が夜と違うのは大きいことです。

夜眠るのと昼間に眠るのとでは気持ちよさが違うのにとてもよく似ています。こういうのがまさにロハスミュージックなんだと思えました。

夜にコンクリートの中でライブをするまたは、昼間に野外でライブをするのとは一線を画します。会場内が禁煙だったのもよかった。愛煙家の人には気の毒なんだけど...。健康体音楽なるものか。こういうの共感するなあ。ポスト21世紀型の音楽形態なんではないかなと、勝手に思考をめぐらせたり...。会場を経営する方の思想が一番先見性があるんだなあと思ってみたり...。

シタールとベースのartを堪能した後は、いよいよunaiさんが登場。

今回はジャンベともうひとつのパーカッション(名前が分からない)を担当するito-sanとのコラボレーションでした。ジャンベの音色そのやさしくやわらかいリズムもさることながら、その音に少しリヴァーブがかかっていたのに見事に胸奪われました。それがunaiさんのギターと独特の声にアクセントを付け、絶品な音楽になりました。

やはりここでも思いましたが、会場が木の作りということが、自然の余韻を最高な状態で音楽に付加していると。そこには木の香りももちろん加わって、人間の五感の緊張を無意識にほどく役割もあると思いました。大阪の風景とは別世界の風景へ音楽が誘ってくれたのに甘えて、身体をグルーヴに任せながら楽にしました。

domingo。ポルトガル語で「日曜日」。

うん。よかった。

この場所にアップライトピアノでもいいからあれば、最高なんだけど。これはまさに蛇足ですね。

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