ナカヘチ
没個性的で淡々としてるけど、落ち着きます。
なかへち美術館。
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この日は大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室へ「5つ星デザイナーの饗宴」国際招待ポスター展を鑑賞してきました。
作品は意外にも、商業的なものがほとんどなく、社会的なものが多かったです。反資本主義的なコンセプトや、「合理的に不可能を追求する」という作品、「汚点」などが特にインパクトが強く印象に残ってます。ポスターといえど、ほとんど芸術作品であるので、やはりそれなりに創作意欲を掻き立てられました。
話は変りますが、小規模な超短編アニメーションを作ろうと思案中です。
サントリーミュージアムでサルバドール・ダリ展-想像する多面体-を鑑賞してきました。生誕100周年のプロジェクトの一環らしいです。
シュルレアリスムの思想の影響を受けた作品が数多くあり、とても刺激的でした。アメリカでの万博の時のパヴィリオンの中で繰り広げられたインスタレーションの様子を伝えたモノクロ写真がなんとも奇抜で、でも惹き付けられるものがありました。有名なヴィーナスの夢に圧倒され、逆さに吊るされたこうもり傘にシュルレアリスムを感じている間は、非日常の空間でした。
ダリの初期の頃の作品には印象派のような色彩やタッチのものがあります。その後シュルレアリスムの影響を受け作風がかわり、その後カトリックの影響で宗教的なモチーフや要素が強くなっていきます。晩年前からの作品は僕にとっては陳腐に思えてイマイチでしたが、俯瞰して考えると、それだけ作風を変えてもダリの作品と分る『味』みたいなものを感じさせれるのはやはり奇人?の才だなと感じました。
それから、ダリの作品からジョジョの奇妙な冒険の要素を感じるので不思議です。ジョジョの作者の荒木飛呂彦さんが影響を受けているんだろうけど、作品が時にコミックの一場面に思えます。グロテスクなんだけど、人間性がえぐりだされているような。でも、それが
シュルレアリスムの影響で上手い具合に中和されているバランスが美になっている点がとても興味深いです。
『狂人と私との違いは、私が狂人ではないということだ』というダリの名言のひとつがありますが、これが作品とリンクすることによって不思議な説得性を持つのも興味深い。
狙った意外性ではなくて、ぶっ飛んだもの、しがらみとか関係なく、既成をぶち壊す沸き立つ何かが原動力となっている作品に出会えたとき、それはラスコーの洞窟壁画に描かれた最初の絵画とを時間的に結ぶ人間の狂気を改めて再確認できる感じがします。心に関係する不合理なものは、そもそも不合理な芸術でしか、外に出せないのです。
ダリの当時アヴァンギャルドな絵は戦後の時代背景とも重なって、評価されたことは不合理な心にとってとても幸運な出来事だったと思います。
Dali's multifaceted world of great gift and passion for art will be revealed.
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夢の美術館。
シーザ・ペーリーが設計した国立国際美術館へ行ってきました。
以前、佐伯祐三さんの展覧会へ行ったのですが、それと関連した大阪コレクションズのひとつです。お目当てはヴァシリー・カンディンスキー「絵の中の絵」やマックス・エルンスト、J.M.バスキアだったんですが、M.デュシャン、マンレイ、ピカビアのダダ、シュルレアリスム関係、ジャコメッティもあるし、ゲルハルトリヒターも一点だけどあって、予想外に満足しました。(でも、色々ありすぎて散漫的になっていたというのもあります。)
特にカンディンスキーは実物を観賞できて感動しました。幾何学的でそのバランス感もすごく絶妙で惹かれますが、ちょっと離れて見ると、その図形たちが歯車のように動いているように見えてきます。幻覚と言われればそうなんですが、それがただの図形ならおそらくそう見えないと思います。
誤解を恐れずに言うと、現代アートは余計なものをほとんど削ぎ落とした表現なので、絵画的ではないかもしれませんが、逆にそれが象徴を浮き彫りにするし、美だとも思います。修飾があればあるほど、本質はどんどん奥に行く気がします。
そういう意味ではロシア構成主義にも同じような魅力を感じます。
カンディンスキーは30歳まで法律を学んでいて、急に絵画の世界に入った人です。そういう側面もおもしろいなあと感じました。
芸術はうねりなんだとよく思います。物事が上手くいかないことに抵抗して生まれるうねりが重なり、そこにその時々の衝動が組み合わさって生み出される表現は(それが支持されるかどうかは別にして)本当におもしろい。当人(作者)は苦労しているわけですが。
芸術に惹かれる理由のひとつにそのうねりを実際に観たり聴いたり触れたりして感じたいというのがあります。どうにもできない感情を芸術になら置き換えることができると思います。
アフリカにある最古の芸術であるクスコーの洞窟壁画を書いた先人も、描くという衝動に駆られて描いてしまったと思います。色んなどうしようもないもの、でもそれはきっと自然の中に最初からあるもの、考えれば考えるほど深みにはまりますが、良くも悪くも「うねり」がその作品を力強いものにすると思います。だからといって波乱万丈を声高に叫んでるのではないんですけどね。
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大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室へ学友の遊歩者氏と「佐伯祐三とパリの夢」(大阪コレクションズ)を鑑賞してきました。
評判は聞いていたのですが、久しぶりに見応えのある芸術を堪能できました。渡仏後わずか30歳の短命で亡くなった佐伯氏の作品からは、今にも手に負えなくなりそうな葛藤がうねりを巻いて観る者を引きずりこもうとする強大な力を感じました。
入り口でまず目にする渡仏後まもなくして描かれた印象派的な暖色風景は目ざわりが良いのですが、その後当時の野獣派の巨匠ヴラマンクに自信作を批判された後からは、筆跡が明らかに変わり、決して満たされることのない葛藤が作品に燃えるようにして浮き彫りに表れているのが見て取れます。
満たされることのない葛藤や精神が皮肉にも作品を血の通う生きたものにしているのが伝わります。パリに対しては華やかなイメージがありますが、佐伯氏の絵のモチーフになっているのは、張り紙がされた建物や工場、公衆便所などのある意味生活観のあるものが多く、使われる色彩も黒や灰色、茶色などの暗色系です。
また特に興味深いのは晩年に描かれた黄色いレストランで、そこには明るい黄色や赤系の色が使われており、一見今までと違って葛藤が緩和している印象を受けますが、しかし真正面に描かれた扉の奥は漆黒に塗られており、終焉を暗示しているかのような意味に取れました。葛藤に対する何らかの答をつかみかけようとしているが、その答えは闇と表裏一体であるとも捉えることができました。
終わることのない表現欲求と葛藤が筆に迷いのない力強さを与え続け、しかしそれとは引き換えに画家を確実に憔悴させていき、しだいに精神を蝕み続けていくともとれました。
ゴッホの晩年の作品にそれまで使われなかった緑色が登場するのも、狂気を象徴する青色と理想を象徴する黄色が混ざり合う何らかの答えを暗示しているように見て取れますが、佐伯氏の場合も、他の画家にも当てはまるかもしれませんが、終焉の中に何らかの答えを見つけてしまったように思えます。
本能によって衝動や葛藤が終わりなく継続されていく中で、命を燃やしながら作品を生み出し続けなければならない、それしか生きる事への解決策がない状態とはどういうことなのか、画家本人にしか分りませんが、偶然に作品を鑑賞する者にとっては、その葛藤が形を変えて、今まで感じたことのない心象風景を味わわせてくれます。描くことの喜びは表現することの苦しさと常に背中合わせなのか。
苦悩を全肯定し決して美化する気は僕にはないのですが、しかしそれは、人が真剣に生きている証でもあると考えています。パリに渡ってわずか4年の間に描かれた絵は、佐伯氏の命が還元された断片でもあるし、絵具が盛り上がるようにして残されたひとつひとつの筆跡は画家の軌跡でもあると思います。
それらを汲み取れるかどうかは、この先どれだけ真剣に生きて行くかによるということを痛切に感じさせられました。
日本人としてこれだけの作品を残し、芸術精神を全うした佐伯祐三氏を心から誇りに思います。
僕にとっては「目に見えない世界の観方」を教えてくれた貴重な方です。
星のような物語
『星野道夫 展』

大丸ミュージアム・梅田で開催されている没後10年の集大成的な展覧会に行って参りました。
星野さんは写真家でありエッセイストでもありますが、写真の横に小さく短く書き添えられる文章がとても詩的で、その一言でその横に立てかけられている写真の観方が変わる面白さがあります。
星野さんの言葉で特に好きなのが、「この世には人が暮らしている世界とはまったく違う動物達による悠久の自然の世界があり、その世界を日々の中で想像すること。それを想像するともっと大きな世界を知ることになり、心が遠くに開かれていく」。
そう考えると、共生という言葉が感覚的に分かる気がします。今こうしている時に、渡り鳥が大海原を越え、ザトウクジラが尾ひれを海面にばたつかせている...。これが現実として起こっていると。
確かに違う時間が流れてはいるんだけれども、世界は同じであるという当たり前のことを人だけの行動範囲の中で生きているといつの間にか忘れてしまいます。
何もかもがつながって食物連鎖という形で命が循環している。
数ある中でも特に印象に残った写真がひとつあって、それは一頭のクジラが氷河に閉じ込められている写真。その氷河から人がクジラを助けたいばかりに、なんとかして救出方法を考えるわけだけれども、現地に昔から住む人に言わせると、クジラが氷河に閉じ込められてここまで運ばれてきたら、この周辺に生息するクマ達にとっては何日分もの食料に相当し飢えを免れるので、まさに海からの贈り物だという。
人はそれをクマ達の餌になるというクジラの運命を変えて、他方クマ達の食料までも利己的な理由で奪うことになるわけです。
今までそんなに気にかけてこなかったわけではないけれど、そもそも人の文明の歴史は自然界の運命を人間にとって都合の良い様に変えてきた。それは文明を築く上では本能的に仕方なかったともとれるが、利己的な発展の限界がはっきりと見えた現在、未だに自然の運命を変えることが人にとっても自然界にとっても果たしてプラスになるのか疑問です。
文明の恩恵を日々存分に享受している僕らは行動する以前にそのことを常に気にかけて、忘れてはならないと思う。戦争をしないと宣言することよりも戦争の悲惨さを忘れてはいけないことと同じ。
アラスカへは一度も行ったことがないけれど、人は間違いなく自然の生物であるということを、写真を通して呼び覚ましてくれる星野さんは非常に尊い。
オーロラの光はこういう色で、白熊の親子はこういう風にじゃれあい、野性の中でこういう風にくつろぎ、鷲の緊張する瞬間を教えてくれて、カリブーの群れが大地の鼓動となる時をとらえ、アラスカで生きる人たちの純朴なそれでいて野生を忘れていない厳しくやわらかい表情を、星野さんはすぐそこにあることのように教えてくれた気がしました。
写真からは、絶対的なものは伝わりません。それは観た人がやはりそれぞれに自分の今に当てはめて解釈するべきであると思います。
今が変われば、写真の見方も変わります。ただ、悠久に流れる世界を心のどこかに持って、それに逆らわずに生きていればそれは絶対に間違った生き方ではないと強く思いました。
星野さんに悠久の感謝を。
多作でのライブから一夜明け、早速東京ウォークを始めました。とりあえず汐留に向います。
『明日の神話』を観る為に。実は東京に来たかった理由はライブと同じくらいの比重で岡本太郎の大作をぜがひにでも心に刻みたかったというのもあるわけです。
慣れた振りして山手線を使い新橋駅から日テレまですぐでした。
団体でスタッフの方から作品の概要の説明を受けいざ壇上にあがり、両目を見開いて『明日の神話』を凝視しました。


高さ5m、幅30m、厚さ数センチのコンクリに原爆が落ちた瞬間を描いた芸術。
太陽の塔とほぼ同時期に作られたこの作品からは、やはり岡本太郎の反骨精神が感じられました。
しかし、作品の規模に驚かされるも、鑑賞前に概要を説明されるも、何かまだピンときませんでした。感動の種類が違います。
感動には2種類あって、ひとつはその場で瞬時に心動かされるものと、もうひとつは時間の経過と共に、ゆっくりと心が動かされるものです。
『明日の神話』は後者に値しました。

原爆の落ちる瞬間中央で爆風に引き裂かれるガイコツの顔はかすかに笑い、その炎は中央少し左から右にかけて猛威を振るい、周囲の人々、動物をも焼きつくす。
しかし、その魂は左へと流れ、新たなる生へと生まれ変わろうとする。生命のダイナミズム。輪廻。

逆境にたたされた時こそ、生命が燃え上がり、希望が生まれる時なんだと教えてくれているような錯覚に捉われました。岡本太郎ならではの叫びに叱られたような...。
「リスクのないことを、なにぬるま湯に使ってもがいてんだ、おまえは!そんなものは芸術でも表現でもない!」と聴こえて来るから、岡本太郎の作品に触れるといつも頭を打たれる。
言い返せないから、また頭を打つ。悔しい気持ちではなく、これだけ表現してもいいのかと思わせてくれるまさに表現に置いて珠玉のエネルギーをもらえるわけです。
チャッチコピーが「Be Taro!」。本当にそのとおり!。もっと表現しきっていいと促してくれていると解釈した時、体が琴線が未来が波状に震えました。

一時はその行方さえ分からなくなった作品だけれど、敏子さんの尽力、熱意に多くの協力が集まり、慎重に復元され、こうして目の前で多くの人にそれぞれの解釈を与えてくれる強い作品に出会えたことに心から感謝しました。ふと横を見ると雫が泣いていた。え、感受性の許容範囲を超えたか...。
この先の将来にいくつもの困難があるのは間違いないわけですが、その場面に出くわした時にこの日のこの爆発を記憶の中から引用して抵抗できればと思っています。
生命を燃やすと、すべてのものが生き生きとするに違いない。
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